店主ごあいさつ・プロフィール

店主ごあいさつ・プロフィール

ご来店ありがとうございます。

店主の泉谷修一(いずたにしゅういち)でございます。古都・奈良で漢方専門薬舗を経営する薬剤師です。このたびは当薬舗のホームページをご覧くださり、誠にありがとうございます。

漢方の鹿鳴堂薬舗
店主 薬剤師 泉谷修一

薬剤師、薬学修士
健康未来創造研究会 会員
奈良自然薬研究協会 副会長
美容痩身研究会認定 ダイエットカウンセラー
ホノミ漢方会 奈良部会長
抗老化三七研究会 会員

昭和40年7月21日 大阪府吹田市に生まれる。小学生の頃は算数と理科が得意。 昭和63年 大阪薬科大学を卒業し、薬剤師免許を取得(薬剤師名簿登録番号:267233号)する。

平成2年 同大学院、修士課程卒業(専攻 薬理学)。5年間、製薬会社で新薬の研究開発を行う。京都大学医学部、金沢医科大学等と共同研究を行い、現代医学の最先端に接する。

現代医学を深く知るほど、治せない病気が多すぎる現実に直面し、逆に現代医学の限界を強く感じる。そのとき、東洋医学の奥深さに感銘を受け、漢方薬の研究および修行をする。平成9年 近鉄奈良駅前に漢方の鹿鳴堂薬舗を開業する。

店主 薬剤師 泉谷修一のプロフィール

はじめまして。漢方の鹿鳴堂薬舗、店主の泉谷(いずたに)修一と申します。
子供の頃は動物好きの少年でした。祖父が大阪の中心で薬局を経営しており、幼い頃からそんな祖父に接するうち、体や心が傷ついている人の助けになれることに喜びを感じるようになっていました。
動物だけでなく、クラスでいじめられている友人を、自分一人でもかばうという気質は、祖父の影響を強く受けて育まれたような気がします。
その後、大学・大学院を薬理学専攻で過ごし、現代医学の最先端を目の当たりにしました。その流れで卒業後、製薬メーカーの研究職に就職しました。薬剤師になったのは、心のどこかで亡き祖父に対する憧れがあったからかもしれません。

就職後は研究に追われる毎日で、あわただしく過ごしておりました。
そんなある日、入浴中に突然停電にみまわれお風呂場が真っ暗になり、身動きが全くとれない状況を経験しました(1~3分)。その時、盲目の方は一生この闇の中で生活しているのだと、強く感じました。それからというもの、困っている方に少しでも希望という”光”を提供できればと思うようになりました。これは幼少から憧れだった祖父が、地域の方に奉仕している姿を見てきたからかもしれません。
日に日にその欲求は強くなり、患者さんと直接関われる仕事がしたいと思うようになりました。結果、祖父と同じく、漢方相談薬局を開局することに決めました。独立開業ということで、リスクが大きいとわかっておりましたが、覚悟を決めて信念を貫きました。

薬局を経営するにあたり、お客様はもちろん、スタッフや仲間、又は先輩方に助けられ、私自身が充実した時間をすごさせて頂いております。
前述した祖父の子供は、5人とも薬剤師にはなりませんでした。おじさんたちに聞いたところ、祖父は年中無休で朝早くから深夜まで働いており、過労が原因で突然亡くなりました。その激務を目の当たりにしていたおじさんたちは、決して薬局、薬剤師にはなりたくなかったと話してくれました。祖父は何も言いませんでしたが、内心は子供の誰かに自分の【想い】を継いでもらいたいと思っていたことでしょう。

結果として、一代とばして私が祖父の【想い】を引き継いだ形になりました。祖父は私が中学生の時に亡くなったので、私が薬局薬剤師になったことを知りません。私は薬局を開業した際、仏壇に報告をしました。私のメッセージは天国の祖父に伝わり、喜んでくれているものと信じます。

ただ私は、激務で寿命を縮め、子供たちから「継ぎたくない」と思われるような仕事をするつもりはありません。
自分や家族の時間を大切にした上で、お客様に誠心誠意尽くすことを誓います。私自身が楽しく、幸せでなければ、皆様に幸せを提供することなどできないと思います。そのためには、薬局の業務を効率化する必要があります。私一人でできることなど限られており、スタッフの協力が不可欠です。これからは今以上にスタッフに力を付けてもらうことを重視し、結果としてお客様の満足度とスタッフのやりがいを共に実現できるよう努力したいと思っております。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。